ta0725’s diary

京都四季折々・お祭り

京都 平安神宮・煎茶献茶祭 2019年9/29(日)

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毎年9月最後の日曜日、平安神宮では煎茶道六流派家元が毎年輪番制で献茶奉祀されます。

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煎茶道六流派(皇風煎茶禮式、小川流、瑞芳菴流、賣茶本流、泰山流、玉川遠州流)の家元が毎年輪番でご神前にてお点前披露するおごそかな祭りです。

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祭儀は9時からで関係者以外は参列することはできませんが、終了後は各所に茶席が設けられ、お点前を味わうことができます。

雨天決行。

 

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■場 所: 平安神宮

■期 間: 2019年9/29(日)

■時 間: 9~15時(受付終了)

■料 金: お茶席券:2,000円(2席付)

■アクセス: 市バス5「京都会館美術館前」または

      地下鉄東西線「東山」駅より徒歩10分

■お問合せ: 075-761-0221

■詳細ページ:http://www.heianjingu.or.jp/

 

 

 

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京都 地蔵院 緑溢れる竹の寺

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山門をくぐったところは、うっそうとした竹林が道の両側を覆っていて、昼間でも薄暗く感じるほどです。

秋に紅葉する樹木は多くはないのですが、緑の竹林の中に、わずかな紅葉というのは、これは絵になります。

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衣笠山 地蔵院  臨済宗 通称名:「竹の寺」 または「谷の地蔵」

竹林の美しさで知られる地蔵院の地はもとは、衣笠内大臣といわれた歌人の藤原家良(いえよし)が山荘を営んでいた場所で、南北朝時代の貞治6年(1367)、室町管領細川頼之(よりゆき)が夢想国師夢窓疎石)の弟子の宗鏡禅師を招請して、夢窓国師を開山とし建立。

 

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一休禅師修養之寺

一休禅師(1394~1481)は後小松天皇の皇子として、応永元年(1394)当院の近くの民家で生まれたとされています。

後、当院で成長され、6才の時、安国寺に移って本格的な修行に入られました。

開山の夢窓国師夢窓疎石)は鎌倉時代から室町時代にかけての著名な禅僧で、西芳寺苔寺)、天龍寺の庭園などを手がけています。

参道脇には竹が青々しています。

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現在の本堂は(地蔵堂)は、昭和十年(一九三五)に再建したもので本堂南には、宗鏡禅師、細川頼之の墓があります。

本堂(地蔵堂)本堂には本尊地蔵菩薩や・・・

頼之が帰依した夢窓国師とその高弟・宗鏡禅師、頼之公の木像が安置されています。

 

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開福稲荷大明神

曲がって、方丈の枯山水庭園を拝見に参ります。

この参道の苔がとっても美しいです。

方丈の前庭は、「十六羅漢の庭」と呼ばれる枯山水庭園。

スギ苔に十六羅漢を表わす自然石が並んでいます。(方丈 京都市登録有形文化財

この門から先は残念ながら撮影禁止。

十六羅漢の庭」は撮影出来ませんでした。

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この地蔵院は、別名「竹の寺」と呼ばれているように、境内に涼しげな竹林が広がり、落ち着いた雰囲気のある空間が作られています。

また要所要所に植えられているモミジが秋に彩りを添え、竹林の緑との対比を見せます。

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地蔵院は細川家由緒の寺として、今でも細川家の方々が参拝に来るなど関係は深く、藤田守浩住職は「信仰の薄くなった時代でも、昔のご縁でお参りに来て、庭を見て下さるのは大変嬉しい」と話しています。

 

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アクセス

阪急電車「上桂」駅 徒歩 15分

市バス「苔寺道」 徒歩 10分

京都バス「苔寺」 徒歩 3分

 

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見所

竹林(竹の寺)

苔、紅葉、青もみじ

地蔵堂(延命安産地蔵菩薩

枯山水庭園(十六羅漢の庭)


【駐車場】

地蔵院の北側に7台か止められるスペースがあります。

 

拝観料 

一般大人600円、抹茶付拝観料1,000円、小中高校生300円

見学時間 午前9時~午後16時30分まで (最終入山16:15)


詳しくは:http://takenotera-jizoin.jp/

京都市西京区山田北の町23

 

 

 

 

 


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京都 フラワーパーク・コスモス園開園 9月初旬~10月中旬

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京都洛西の景勝・嵐山と高雄を結ぶ

自然公園ドライブウェイです。

秋に見頃を迎えるコスモス。

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漢字で「秋桜」と書くように、コスモスは桜のような可憐さがあり、また、品種によってピンク・白・紅色・黄色など、様々色合いを見せてくれるので、見る者を楽しませてくれます。

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紅葉より一足早いお楽しみ。

「嵐山~高雄パークウェイ」に「フラワーパーク・コスモス園」が開園です。

10万本以上の色とりどりのコスモスが5000㎡の敷地に咲き誇り、展望台はバリアフリーになりました。

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■場 所: 嵐山~高雄パークウェイ内「観空台遊園地」隣り

■期 間: 9月初旬~10月中旬

■料 金: 入園料無料

※要パークウェイ通行料 1,180円(自家用車)

■アクセス: 新丸太町通りより清滝街道へ「嵐山清滝口ゲート」から8km、

      または周山街道(R162)「高雄口ゲート」から3km

■お問合せ: 075-311-3731(西山ドライブウェイ株式会社)

■詳細ページ:http://www.parkway-hankyu.com/

 

 

 

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京都 御香宮神能  2019年9/21(土)

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御香宮神社は、京都市伏見区にあります。

京都の名水の1つ「御香水」が湧き出る神社として有名です。

秀吉が伏見城の守護神とし、鳥羽伏見の戦いでは、薩軍の屯所にもなった御香宮

その能舞台で行われる秋の神能・仕舞・狂言

神能は室町時代から続く行事です。

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18時を過ぎると周囲のそうろくに火が灯され、舞台の雰囲気も変わります。

桃山期を象徴する表門や本殿は重文です。

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酒どころとして有名な京都・伏見にある御香宮神社。

この境内から「香」の良い水が湧き出たので、清和天皇よりその奇瑞によって「御香宮」の名を賜ったという由来があり、日本の名水百選に選ばれた『御香水(ごこうすい)』が湧き出る神社として有名です。

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そんな御香宮神社で、毎年9月に神能が奉納されます。

 

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■場 所: 御香宮神社

■期 間: 2019年9/21(土)

■時 間: 17時~20時頃

■料 金: 3500円

■アクセス: 近鉄京都線桃山御陵前

       JR奈良線「桃山」駅

      京阪電車伏見桃山」駅

■お問合せ: 075-611-0559

■詳細ページ: https://gokounomiya.kyoto.jp/

 

 

 


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京都 高瀬川舟まつり 9月23日

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家族連れや観光客らが高瀬舟の試乗や先斗町の舞妓さんのお茶の接待など風雅な催し(過去の例では京都産業大生による落語や、クイズラリー、宝探しゲーム等も)を楽しみます。

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舟まつりは、江戸時代に豪商角倉了以が開削し京都~伏見間の重要な物資輸送路となった高瀬川を、より多くの人に知ってもらおうと、高瀬舟の復元を機に、1991年から毎年行っています。

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なお、「高瀬舟」で知られる「一之船入」とは、高瀬川の水運の起点辺りを言います。

高瀬川開削400周年を記念して高瀬川ライトアップが9月23日まで。

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高瀬川のお話。

高瀬川木屋町二条あたりを起点とする物流用の運河で、京と大坂を結ぶ大動脈でした。

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角倉了以・素庵父子によって開削された運河ですが、元々は方広寺大仏殿の再興のための物資運搬を目的としていたとか。

かつてはこの地と伏見を結ぶ運河で、伏見港あたりで宇治川に注いでいたそうですが、現在は十条通の手前で鴨川に合流するそうです。

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高瀬川といえば森鴎外高瀬舟』でも知られていますね。

江戸時代、流人は高瀬舟に乗せられて高瀬川を下り大坂に送られていたそうです。

また、起点を一之船入と呼びますが、下流には◯之船入が順番に、九之船入まで存在するみたい。

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高瀬川沿いには幕末の遭難碑など歴史にまつわる碑が多く建っているので、じっくりと歩きながら研究してみると興味深いですね。

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高瀬川源流庭苑の無料公開 / がんこ高瀬川二条苑京の人々に古くから親しまれ愛されてきた高瀬川の流れは、豪商・角倉了以の別邸跡「がんこ高瀬川二条苑」を通り、木屋町通りをくぐって再び姿を現します。

この機会に了以別邸の庭園を鑑賞されませんか。

 


■場 所: 中京区木屋町通二条下ルの一ノ舟入北側

■期 間: 9/23(※毎年同じ日程です)

■時 間: 10時半~16時

■アクセス: 市バス205「河原町二条」

■お問合せ: 075-241-3838(金茶寮 伊藤様)

takasegawa@email.plala.or.jp(高瀬川保勝会)

公式ホームページ :http://kanko.city.kyoto.lg.jp/area/hoshokai/hoshokai_6.html

 

 

 

 

 

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京都 晴明神社祭 2019年9/22(日)・/23(月・祝)(※毎年秋分日前夜と秋分日)

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コミックや映画など様々なメディアでも大活躍の安倍晴明・・・現代の少女たちのスターです。

その安倍晴明が年に一度、この地に舞い降りて来ると伝わるお祭がこの「晴明神社祭」なのです。

ファンならずとも一度は見てみたい祭事ですね。

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御祭神 安倍晴明御霊神

晴明神社で祀られている安倍晴明公は孝元帝(こうげんてい)の皇子大彦命(おおびこのみこと)の御後胤(ごこういん)で幼い頃から非常に賢明な方で多くの道に秀でておられました。

特に天文暦学の道を深く極め、神道を思いのままに操る霊術を身につけられておられたのです。

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成人になられた後には天文陰陽博士として活躍し、朱雀帝から村上、冷泉、円融、花山、一条、の六代の天皇の側近として仕えられ、数々の功績をたてられます。

そして、村上帝に仕えられておられた時には進んで唐へ渡り、はるか城刑山にて伯道仙人の神伝を受け継がれます。

帰国して後、これを元に日本独特の陰陽道を確立。

朝廷の政治、日本人のさまざまな生活の規範を決められました。

今日、私達の日常生活の基準となる年中行事や、暦術、占法は皆この時に創られたのです。

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晴明公は生きておられる間から高徳な方でいらしたので、天体を移り行く星や雲の動きを観察して、宮殿での異変の予知、遠方での吉凶を言い当てられ、朝廷を始め多くの人々の信望を寄せられたとされています。

そして、一条帝に仕えておられた寛弘2年(西暦1005年)9月 26日に85歳でお亡くなりになります。

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こうして、晴明御霊神として祀られた後も、我が国の陰陽道の祖として広く世の中の尊敬を集めます。

「晴明公にお祈りすれば、不思議な霊の利益を受ける事ができ、様々な災いから身を守り、病気や怪我が治る…」そうした評判が多くの人々に語り継がれています。

晴明神社は晴明公の屋敷跡であり、天文陰陽博士として活躍していた拠点であった場所です。

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晴明公が亡くなられた後、一条天皇は晴明公の遺業は非常に尊いものであったこと、そして晴明公は稲荷大神の生まれ変わりであるということで寛弘4年(西暦1007年)、そのみたまを鎮めるために晴明神社を創建されたのです。

古い資料によれば東は堀川、西は黒門、北は元誓願寺、南は中立売という広大な地域が神社の土地であったとされています。

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ところが、応仁の乱の後豊臣秀吉の都造り、度々の戦火によってその規模は縮少。

そして、古書、宝物なども散逸し、社殿も荒れたままの時代が続きました。

そこで、地元の氏子が中心となり各式年祭、つまり嘉永6年、明治11年明治36年昭和3年に整備改修が行われました。

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また昭和25年には多年の宿望であった堀川通に面する境内地を拡張するなど御神徳を仰ぎ尊ぶ崇敬者の真心によって復興が進められました。

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また、近年は一大ブームが巻き起こり、文芸、漫画、映画などを通じて晴明公の存在は広く知られ、全国にその崇敬者を集めるようになりました。

そして、平成15年に晴明神社御鎮座壱千年祭を斎行し社殿の修造と社務所の新築、境内整備が完成しました。

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日程:9/22・/23(毎年日程は同じ)

場所:晴明神社境内(京都市上京区堀川通り一条上ル晴明町)http://www.seimeijinja.jp/

お問合せ:075-441-6460

アクセス:市バス9 一条戻り橋停留所

 

イベント一覧


★宵宮祭  9/22  19時

お迎え提灯のお練り、御湯立神楽の奉納が行われます。

巫女さんがぐらぐら煮立ったお湯の中に笹を入れて、その笹を振り回しお祓いしてくれます。

 

★例祭  9/23  10時

最も重要な祭儀です。

氏子奉賛会や講社員が多数参列し、献茶や献花などもあり境内には露店が並び非常に賑わいます。

 

神幸祭  9/23  13時

当日、13時に本社を出発し、氏子町内を巡幸します。

祭列には500人もの勇壮なる少年鼓笛隊を先頭に、菊鉾、扇鉾、獅子、御神宝、飾馬等に晴風稚児、八 乙女、四神稚児等が独特の美しい装いで供奉します。

御輿も巡幸し、途中で御旅所祭を行い、18時に本社に還御します。

神幸祭とは「神が巡幸する祭」の略な のだそうで、年に一度晴明がこの地に舞い降りると言われています。


公式ホームページ http://www.seimeijinja.jp/

 

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京都 泉涌寺即成院・彼岸法要 9/22(※毎年同じ日程です)

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泉涌寺ゆかりの塔頭

寺名から「ぽっくり信仰」の寺、極楽往生祈願の寺として、また那須与一ゆかりの寺としても知られています。

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「長わずらいをしない」ことから信者も多く、法要は地方信者のため泊まり込みの法要として行われるものです。

御詠歌に始まり法要、法話が続きます。

22日には中風除けの竹皮御仏飯が授与されます。

 

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那須与一


当院は別名那須与一さんと呼ばれるように与一ゆかりの寺としても有名である。

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与一は栃木県下野の生まれ、源義経の命により出陣の途中、都まできた時、俄かに病にかかり難儀したが、当院の本尊阿弥陀如来の霊験あらかたなるを聞いて参篭し、病気平癒の祈念の結果、忽ち本尊の利益が顕われて平癒した。

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与一は堂宇を再建し、本尊を念持仏として、小像に刻み、甲の中に納め出陣した。

特に屋島の戦では平家が軍船上に一竿を建て、竿頭に日の丸の扇を掲げ、これを射よとの挑戦に、義経は与一に射落とすことを命じた。

一心不乱に本尊阿弥陀如来の冥助を念じ、扇面をめがけて矢を放てば美事その要を射て平家水軍敗退の因を完遂した。

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戦の後与一は御礼言上の為上洛参内し、帰途伏見桃山即成院に参篭、武道を捨て入道し、小庵を結び朝暮信心怠らずお守りした。

その後病を得て文治元年(一一八九)八月八日逝去。

時に年三十四才であったと伝えられる。

境内の巨大な石造宝塔は与一の墓である。

 

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■場 所: 泉涌寺・即成院

■期 間: 9/22(※毎年同じ日程です)

     秋彼岸会お施餓鬼法要:24日

■アクセス: JR・京阪「東福寺」駅、市バス208「泉涌寺道

■お問合せ: 075-561-3443

■詳細ページ:http://www.gokurakujyoudo.org/

 

 

 


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